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第65話 父と子の対峙

Author: 月歌
last update Huling Na-update: 2025-07-14 10:53:24

◆◆◆◆◆

セドリックは立ち尽くしていたまま、ミアが垣根に残した衣服の切れ端を握りしめる。その布切れを見つめながら彼は口を開いた。

「王都では、ヴィオレットがミアを殺したと噂されています」

低く絞り出した声は、書斎の静寂に溶けるように響いた。

「衛兵や異端審問官も、そう考えているようです。ですが、それはおかしい。ヴィオレットにとって、庭師の女など取るに足らない存在だ。わざわざ殺して窮地に陥るほど愚かではない」

ガブリエルは黙ったままセドリックを見つめる。その視線を受けながら、セドリックは言葉を続けた。

「アルフォンスも同じでしょう。死んでもいい女ではあるが、わざわざ殺すほどの価値もない。上位貴族にとって、庶民などその程度のものです…」

セドリックは、そう呟きながら衣服の切れ端を指でなぞる。ミアは、確かにこの世から消えた。だが、だからといって妻がその手を汚したとは到底思えなかった。

「それに、ヴィオレットが今一番大事にしているのはリリアーナです。その生活を壊すような愚かな真似をするとは思えません」

「果たして、そうか?」

ガブリエルは嫌な笑みを浮かべた。

「お前が妻を理解していないだけで、本当は嫉妬に狂い、呪い殺したのかもしれんぞ?」

「違います」

セドリックは即座に否定した。ヴィオレットがそんな短絡的な女ではないことは、誰よりも知っている。

ガブリエルはその様子をじっと見つめると、ソファに立てかけてあった杖を手に取る。指先でトントンと叩きながら、ゆっくりと口を開いた。

「……ミアを殺したのは、アウグストかもしれない」

セドリックの瞳が驚愕に揺れる。

「え……枢機卿が?」

「あいつから、ミア殺害に加担するよう誘われた。ヴィオレットに濡れ衣を着せ、異端審問の場で排除するのはどうかと、な」

「……!」

セドリックは息を呑んだ。

「私はそんな危険な橋は渡れないと断ったが……実行したのかもしれん」

「何を他人事のように言っているのですか、父上!」

セドリックは思わず叫ぶ。

「もしもアウグスト卿が犯行を行ったのなら、我々は共犯者として罰せられる!」

ガブリエルはセドリックをじろりと見やり、冷たく笑った。

「だからこそ、静観するしかない」

「静観……?」

「こうなっては、ヴィオレットが殺人犯として処罰されることを願うしかない」

「ですが……」

セドリックは口ごもる。

「ヴィオレ
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